大判例

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大阪高等裁判所 平成元年(ラ)273号 決定

抗告人 中谷和子

右代理人弁護士 梅本弘

同 片井輝夫

同 川村哲二

同 石井義人

相手方 朝田フミ

〈ほか一〇名〉(以上の相手方一一名を以下「相手方朝田ら」という。)

相手方朝田ら代理人弁護士 上野勝

同 加納雄二

相手方 大同鋲螺株式会社 (右相手方を以下「相手方会社」という。)

右代表者代表取締役 朝田光子

右代理人弁護士 能瀬敏文

主文

原決定を次のとおり変更する。

一  相手方朝田らから抗告人に対し別紙目録二記載の賃借権を代金一億三一六七万〇八〇〇円で、相手方会社から抗告人に対し同目録四記載の転借権を代金一億九七五〇万六二〇〇円、同目録三記載の建物を代金一二四二万三〇〇〇円で、それぞれ売渡すことを命ずる。

二  相手方会社は、相手方朝田ら及び相手方会社が抗告人から前項の代金合計三億四一六〇万円の支払を受けるのと引換えに、抗告人に対し、前項の建物につき所有権移転登記手続をなし、かつ右建物を引渡せ。

三  抗告人は、相手方会社から前項の所有権移転登記手続及び建物引渡を受けるのと引換えに、相手方朝田ら及び相手方会社に対し第一項の代金合計三億四一六〇万円を支払え。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二  本件申立に至る経緯に関する当裁判所の認定判断は、原決定理由一(原決定三枚目表一〇行目から同四枚目裏八行目まで)の説示と同一であるから、これを引用する(但し、同四枚目表初行から二行目にかけての「本件建物及び本件賃借権を」を「相手方会社において本件建物とその転借権を、相手方朝田らにおいて本件賃借権をそれぞれ」と改め、同九行目の「につき本件賃借権」を削除し、同裏初行の「賃借権」を「転借権」と改める。)。

三  そこで、相手方朝田らの本件賃借権譲渡許可申立(甲事件)及び相手方会社の本件賃借権譲渡許可申立(乙事件)の適法性について検討する。

1  まず、相手方朝田ら及び相手方会社の申立人としての適格性の有無についてみるに、甲・乙両事件の申立の要旨は、本件土地の転借人たる相手方会社が右土地上の本件建物を件外伊藤忠不動産株式会社(以下「伊藤忠不動産」という。)に譲渡するのに伴い、同社に対し、相手方朝田らが本件賃借権を譲渡し、相手方会社が本件転借権を譲渡する許可を求めるというものであるが、本件記録によれば、相手方会社は相手方朝田らの先代亡朝田幸一が設立して経営していた同族会社であって、相手方朝田らの一族が役員を占め現在も極めて密接な関係を有していること、相手方朝田ら及び相手方会社はそれぞれ本件賃借権又は本件建物をどちらかに譲渡することによって本件転貸借関係を終了させる用意がある旨陳述しており、本件転貸借関係の維持を望んでいないこと及び伊藤忠不動産は相手方朝田らから本件賃借権を譲受ける意向であることが認められるから、相手方朝田ら及び相手方会社は、賃借人たる相手方朝田らが本件賃借権を、転借人たる相手方会社が本件建物を、それぞれ伊藤忠不動産に譲渡する趣旨で本件各申立を行っているものと認められる。

そして、このような申立も、相手方朝田らと相手方会社が共同して申立をしている以上、抗告人になんら不利益を与えるものではないから適法であり、相手方朝田らと相手方会社は本件各申立の適格を有するというべきである

2  そして、相手方朝田ら及び相手方会社は、前認定のように、本件借地上の本件建物を伊藤忠不動産に譲渡するに際し、本件賃借権を譲渡しようとして賃貸人たる抗告人に承諾を求めたが、これが得られないため、本件各許可申立を行ったものであるから、本件各申立は形式的要件を具備しているものと認められる。

3  抗告人は、本件建物は経済的、社会的に効用を失って使用価値も交換価値もなく、借地上に建物が存在しない場合と同視できるから、本件は借地法第九条ノ二第一項の要件たる「建物」を第三者に譲渡する場合に該当せず、本件申立は不適法である旨主張する。

しかし、本件記録によれば、本件建物は現況二棟の建物からなり、内一棟は重量鉄骨構造(一部鉄骨組梁・柱構造)スレート葺平家建工場であって、内部に設置された重量物を吊り下げて移動させるホイストクレーンの荷重に耐えられるように構造体・基礎とも強固に施工され、構造体は現在でも十分強度を保ち工場建物としての基礎条件を満たしており、外壁建具(窓ガラス)、屋根等について部分的補修を要するものの、右補修工事を施せば今後一五年程度の耐久性を有していること、他の一棟は鉄骨(鉄骨組梁・柱)構造スレート葺平家建工場であって、基礎はコンクリートの布基礎であり、鉄骨組柱下部はコンクリート独立フーチング基礎であって十分な強度を保っており、軸組も強度的に問題はなく、外壁建具(窓ガラス)、屋根等について部分的補修や鉄骨部の塗装を要するものの、右補修工場を施せば今後一〇年ないし一五年程度の耐久性を有していること、本件建物は昭和五七年ころまで工場として使用されていたが、公害問題が生じたため操業を停止し、現在に至っていること、別件(大阪簡易裁判所昭和六〇年(ユ)第四六号事件)の昭和六一年一月三一日付不動産鑑定評価書において、本件建物の価格は一八四八万円と評価されていたこと及び鑑定委員会は平成元年一月二〇日付意見書において本件建物の価格を一二四二万三〇〇〇円と評価していることが認められる。

右認定事実によれば、本件建物には使用価値、交換価値ともに優に存在するものと認められるから、抗告人の右主張はその前提を欠くものというほかはなく、到底採用できない。

四  そうすると、相手方朝田ら及び相手方会社は借地法第九条ノ二第一項所定の申立を適法にしたものであるから、同条第三項に基づく抗告人の本件建物及び本件賃借権を自ら譲受けたい旨の申立(丙事件)も適法な申立と認められるので、裁判所は同項の規定に従い、本件建物及び本件賃借権の対価を定めて抗告人への譲渡を命じるべきである。

五  ところで、抗告人は、実体については第一次予備的申立として本件土地賃借権譲渡許可申立の棄却を求め、次いで第二次予備的申立として優先買受を申立てているのであるから、裁判所は右申立の順序に拘束され、まず本件土地賃借権譲渡許可申立の実質的要件の存否について審理すべきである旨主張する。

しかし、同法第九条ノ二第三項に規定する優先買受の申立は、同条第四項により、土地賃借権譲渡許可申立が取下げられ又は不適法として却下されたときはその効力を失うものとされているから、賃借権譲渡許可申立が適法になされていることを前提とするものではあるけれども、同項が右譲渡許可申立の棄却されたときを除外していること及び同条第三項が裁判所は同条第一項の「規定ニ拘ラズ」優先買受の申立につき審判すべきものとしていることに照らせば、優先買受の申立を審判する前提として賃借権譲渡許可の申立が実質的要件を具備している必要はないものと解される。

また、抗告人の右申立は賃借権譲渡許可申立について実質的要件の存否について審理した上で、仮にこれが認容されるのであれば、第二次的に優先買受の申立をするというのである(結局賃借人の譲渡許可申立の棄却を解除条件として、賃貸人が優先買受の申立をすることとなる)が、このような申立を認めれば、第三者に譲渡されるなら自分が譲受けるが、第三者に譲渡されないなら自分も譲受けないという賃貸人の恣意を許し、賃借人の意思に反してその保護に欠けることとなるから、不当というほかはない。

したがって、優先買受の申立がなされている本件においては、裁判所は抗告人の右申立に拘束されず、賃借権譲渡許可申立の形式的適法要件について審理すれば足り、その実質的要件の存否について審理する必要はないというべきである。

六  そこで、本件建物、本件転借権及び本件賃借権の対価について検討するに、鑑定委員会が本件建物の対価として一二四二万三〇〇〇円、借地権の対価として三億二九一七万七〇〇〇円、合計三億四一六〇万円を譲受価格とする鑑定意見を提出したことは記録上明らかであり、右意見は相当と認められる。

ところで、本件においては借地権の価値ないし利益は賃借人たる相手方朝田らと転借人たる相手方会社とに帰属しているところ、右鑑定委員会が借地権の割合を六割とみていることからすれば、借地権価格に対する転借権価格の割合も、土地所有権に対する借地権の価格の割合に準じて、転借権価格を六割とみるのが相当であり、したがって、相手方朝田らの本件賃借権の価格は前記借地権価格の四割に当たる一億三一六七万〇八〇〇円、相手方会社の転借権の価格は同じくその六割に当たる一億九七五〇万六二〇〇円となる。

そうすると、本件については、主文一掲記のとおり、相手方朝田らに対しては本件賃借権を一億三一六七万〇八〇〇円で、相手方会社に対しては本件転借権を一億九七五〇万六二〇〇円、本件建物を一二四二万三〇〇〇円で、それぞれ抗告人に売渡すことを命じた上、その履行方法として主文二及び三掲記の給付命令を発すべきである。

七  よって、右と一部結論を異にする原決定を右の趣旨の下に変更することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 緒賀恒雄 永松健幹)

〈以下省略〉

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